反動は、あなたが死なない限り、必ず来ます。私もまた、小六以来、大人になるまで「自分は食欲を克服できた人間だ」と信じ込んでいたのは、まったく浅はかなものでした。そう、十代というのは不思議な時期で、若さのエネルギーが豊富に余っているゆとりのせいなのか、自分でこしらえた思い込みの箱の中に、疑いもなく安住していられるんですね。実際その頃は、空腹なほうが身軽に動けて快適、お腹いっぱいに食べてしまうと体が重くなって不愉快、という拒食症時代に身についた感受性がまだ居座り続けていたのです。そのため、やれ文化祭だのデートだの、なにか興奮を誘うようなイベントがあると、まともに食事を取らずに動き回るのが癖になっていました。それがほころび始めた第一のきっかけは、大学入学でした。制服と上履きで囲われた、それまでのカゴの中から押し出され、サークル活動に酒絡みのコンパにと、外へ向かって出掛けて行かなきやならない生活に切り替わると、何やら古い催眠の効き目が薄れていくように、自分の中にあった数々のタブーを。まっ、いいかとばかりに部分解禁する気になったのです。夜食厳禁の掟や、市販のケーキやチョコレートなど禁じ手食品の一部がナシ崩しになっていきました。ただしそこで起こった事は、中二の時に食欲がよみがえってきて積極的に食生活を楽しんでいた、その感覚とは異質なものでした。普段の食事は少食にという基本線は保ちながらも、事あるごとに、。もうお腹はすいていないのに、つい食べ物に手が出るというような手癖がついてきたのです。本当は要らないという自覚があるのに、食べたくなる。これが大学卒業後、就職と共に一人暮らしを始めたところでタガがはずれ、衝動的に暴食せずにいられなくなる「発作」として吹き荒れることとなりました。二十四時間いつでもシャングーフードを買いに走れるコンビニの増加が、これを常習化するためのお膳立てをしてくれたといえましょう。ちょうどその頃、巷では『寂しい女は太る』という新刊本が、女の子たちの間でちょっとした評判になっていました。このタイトルをひと目見ただけで、。ああ、あのことかとたちまち大抵の女性がまるで自分の事を言い当てられたかのようにギクッとしてしまう、それはそういう力を持ったキーワードでした。寂しい心を抱え持っていると、その穴を埋めるために過食してしまう、という関係性を指摘したものですが、典型例としてよく挙げられる親からの愛情不足をはじめ、彼氏のいない欲求不満や、人間関係がうまくいかない孤独感、さらには自分を好きになれない虚しさまで含め、寂しさの心理というものは思い当たらない人のほうが少ないでしょう。でもそれは、こういう時代だからこそ呼び起こせた共感でもあるのです。そもそもダイエット・ブーム以前の女性にとっては、心配事があれば食事がおろそかになってヤセ細る、という話が一般的でした。ところがダイエットが普及してからというもの状況は反転、心配事があるとストレスから過食に走って太ってしまった、という例のほうが当たり前になりましたよね。そこが、クセ物なのです。人がなぜ過食に走るのか?という仕組みについては、心と体が入り混じって引き起こす何段階もの重層的な原因があるので、第五章でじっくりお話しすることにしましょう。過食症というものには大抵、過食行為の後にその失態を無かった事のように打ち消すための「浄化行動」がつきもののようです。その代表的なのが、今食べた物が消化される前に急いでナシにしようとする嘔吐や、下剤の服用でしょう。特に嘔吐過食症の場合は、結果的に拒食と同じような栄養状態となって、体はカリガリにヤセているという人が少なくありません。私も吐き出せればどんなに気が楽かとも思ったのですが、どうも自分の喉に指を突っ込んで吐き戻させるとかいう荒技をものにできなかったため、せめて消化促進の胃薬を飲んだり、その後の、二食を断食したりして自分なりの始末をつけていました。そのせいもあってか、私の場合、過食した分かいちいち直接体重にはね返るわけではありませんでした。その代わり、私の体に起こっていた変化というのは、もっと長期的なものだったのです。つまり、十分に食べていなかった高校時代、間食癖の出てきた大学時代、そして過食発作に見舞われるようになった就職後までを通じて、あくまでゆっくり、毎年一キロずつ、といったペースでじわじわと、おもむろに重さを増やしていったのです。それに、体型だけでなく健康のほうもスカッとしません。お医者に行っても決まって「異常ナシ」と言われるのがオチなのですが、ともかく常に頭の半分がぐったり疲れて眠っているような感覚が抜けず、また電車の中で数十分やそこら立っているだけでも、脚のつらさにその場で座り込んでしまいたくなる、情けない体力。「自分は代謝がニブくなっている」と自覚していた私は、その代謝を上げる効果を狙ったダイエット法を重点的に探し回り、体を温める食材や、代謝促進のサプリメントに筋肉トレーニング、東洋系ではツボ指圧や整体、といった具合に実践を続けました。ところが結果はことごとく期待を裏切り、しまいに。ヤセてはいないが太ってもいない標準と思い続けていた自分の体が、写真で見ると明らかに小太り化していることに衝撃を受けることとなり、。もう、自分一人の努力じゃラチがあかない一ごと遂に降参して、例の二度目のエステ通いに賭けたわけです。その頃の生活といえば、昼は営業職で歩き回り、夕方は週に何度もサロンに足を運び、夜は酒場でコンパニオンのアルバイト、と少ない栄養に対して労働オーバーの状態でした。が、体は頑としてヤセなかったことはお話した通りです。結局、食べるものもまともに食べずに、朝から深夜まで働き続けていた、この時期がこれまでの私の人生で、出産間際を除いて最も体重が重く、見た目にもふっくら小太りをしていたというのは、正しく象徴的な現象だったといえるのです。待ちかねた変化は、この生活が終わった直後に起こります。
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